筆者が中国及び周辺国の政府高官75人と個別に面談した結果描き出されたアジア地域の政治的な流れは、中国の台頭と米国の衰退という一般に喧伝されているような趨勢とは全く異なっている。多くの報道や評論が中国の強さと米国の弱さに焦点をあてているのに対し、各国高官は、中国の弱さと米国の強さも認識している。最近見られる中国と米国の関係についての論調は、1970年代後半のソ連と米国、或いは1980年代後半の日本と米国の関係の議論に似ている。つまり、勃興しつつある勢力の強さに眼を奪われその弱さが見えなくなる一方、既に構築されている強い勢力についてはその弱点ばかりに眼が行く、と言う現象である。
中国が今注目されているのは、急激な経済成長と巧妙な外交に拠る。因みに日本と台湾以外では、軍事力はあまり脅威とされていない。中国の貿易量は急拡大しつつあるが貿易の半分以上を占める加工貿易が見掛けの貿易量を著しく大きく見せており、また最終的には対米・対欧の輸出として計上されることによる問題も発生している。巨額の対内投資の対象はアジア各国からのものであるが、この多くは中国の労働生産性に敵わない周辺国のメーカーによる中国への設備投資が多く、これが母国での雇用を奪っている。
きめ細かい中国外交は、域内、そしてオーストラリアでの中国のイメージ向上に効果を上げている。しかし、意見が一致するテーマに焦点を絞り、本質的な国際問題に関わることを避けるいわば仲良し外交戦術は、うわべはともかく、各国の信頼を勝ち取っているとは言い難い。最も大きな問題なのは中国の強いナショナリズムであり、これによる様々な影響の中でも東シナ海での領土の主張は東南アジア各国の脅威となっている。そして中国の独裁的政権は、ごく一部の例外を除き、周辺全ての国に不安を与えている。
米国の対アジア戦略の弱体化を示す材料としては、その独善的な外交姿勢や、地域の経済成長に対する無関心があげられる。しかし、各国の高官は、一部中国の担当者を除き、異口同音に、米国のアジアにおける政治的・経済的役割について大きく評価し、また期待すると述べている。各国は、米国自身の活動が重要であると同時に、対中国関係とのバランスをとるためにも必要な存在であると認識している。
アジア各国の高官は、各国政府が実は互いに相手を信用していない、と言うことを良く認識している。喧伝される中国と日本の確執は、どのアジアの国々をとっても見られる相互不信が、偶々表面化したケースであると捉えている。しかし地域の安定が自国の発展に必要なことは強く意識しており、このために、アジアに直接的な覇権を求めてはいない米国は力強い協力者として期待されている。
このように、アジア各国同士の不信感、各国の中国に対する警戒感、そして各国が均衡と拮抗を期待する米国の存在により、中国がアジアの覇者となるのは非常に困難である。中国の高官自身が認めている通り「中国がアジアを支配することはできない、この地域にはあまりにも多様な国々が存在しているから。」
英語の原文: "Why Rising China Can't Dominate Asia"
http://www.glocom.org/debates/20060911_sutter_why/