日本の資本市場でここ数年自由化が進んでいるが、自由の濫用とみられるような不祥事がいくつか起っているのは残念である。資本市場は法律にさえ違反しなければ何をしてもよいという場であっては決してならない。資本市場の発展のためには、誠実性(integrity)が不可欠の要素であり、それは単にモラルの観点からではなく、持続的な利益の実現という実証的な観点から導かれるものである。
資本市場にかぎらず一般の市場を利用するためには、一定の費用(時間と労力)が必要になる。このような費用は「取引費用」と呼ばれ、その内訳は、適当な取引相手を見つけるための「探索」の費用、取引条件に関する合意に達するための「交渉」の費用、および合意した内容の履行を確保するための「実行化」の費用からなる。
もし相手がまったく利己的で法律違反さえなければ何をしてもよいと考えている存在であれば、そのような相手から不利な内容の条件を押しつけられないよう、交渉に大変な時間と労力を要することになる。また合意内容を実行化する上でも、相手のごまかしに目を光らせ、自己の利益や権利が侵されないよう対策をとるために、実行化の費用も著しく高くなる。交渉と実行化のための費用が過大なものになれば、円滑な経済取引は実現されがたくなるであろう。
交渉費用と実行化費用が許容範囲内にとどまるためには、嘘はつかないといった道徳観および約束は誠実に守るという倫理感が社会の中に存在していて、そうした規範が人々に内面化されており、その結果として互いに相手をある程度までは信頼できるという土壌がなければならない。こうした信頼形成の基礎となる誠実性が、市場経済の成立のために、また特に抽象的な商品を取引する場である資本市場の成立のために不可欠である。
したがって、日本において資本市場が一層発展するためには、単なる法律遵守ということを超えて、市場参加者が実質的な誠実性に基いて行動することが必要である。それによって、規範意識の欠如から生じる不祥事を根絶し、信頼して取引を行なえるような市場環境が作り出されなければならない。
英語の原文: "Integrity is Indispensable for Capital Market Development"
http://www.glocom.org/opinions/essays/20070521_ikeo_integrity/