日本の首都圏は世界でも冠たる産業と研究活動の集積地であり、特にIT分野での活動では東京圏は世界有数の中心地であるといえる。しかしそのような活動が東京大都市圏の中でどのように分布し集中しているかについては、あまり広く知られていない。とりわけ産業技術の地域的クラスターとそのようなクラスターを支援する政策を検討することは、日本の研究開発政策の最近の展開とその長所と欠点を理解するために役に立つであろう。
東京の中心部では1990年以降にITゾーンが出現し、渋谷区と港区が東京のIT企業の4分の1を占めるほどになった。特にインターネット関連サービス業は六本木ヒルズと渋谷中心部に集中している。また、映画、アニメ、ゲーム、音楽、スポーツ、広告などのマルチメディア関連企業は、杉並、中野、武蔵野、小金井、国分寺といった中央線沿線に集積する一方で、ビデオゲーム産業は、秋葉原、銀座、五反田、新宿、池袋といった山手環状線に沿って立地している。また大田区では中小企業の新製品開発やR&D活動の集積が顕著である。また東京郊外には、川崎、筑波学園都市、柏の葉キャンパスなどいくつかのハイテク研究ゾーンがある。
日本政府の科学技術政策の展開を見ると、2000年以降は学術研究政策と産業振興政策とを統合した「枠組み計画」が打ち出された結果、このところ大学の科学研究への支出が増加し、産学連携と地域の研究交流が着実に進展している。それと並んで、経済産業省がクラスター開発のための新しい政策を採用し、2001年以来、産官学の産業ネットワークの動きを支援している。これまで日本全国で、17のクラスターが支援の対象となり、6100の企業と250の大学が含まれている。現在は2006−2011年の第2段階のクラスター政策が実施されているところである。
特に東京圏で支援の対象になっているのは、2つのセクター別のクラスターと5つの地域別のクラスターである。セクター別クラスターでは、東京圏のIT・コンテント産業のクラスターで、慶応大学を中心に、映画、ゲーム、オンラインエンターテインメント、広告などの産業に焦点を当てている。もう一つはバイオテクノロジーのクラスターで、都心に加えて、横浜、千葉、筑波などのバイオ活動のネットワークを中心としている。地域別クラスターでもっとも注目されているのが、TAMA(首都圏西部ネットワーク支援活動)クラスターで、バイオやオプトエレクトロニクスやナノテクなどの先端技術に焦点を当てている。また東葛・川口・筑波地域クラスターは筑波学園都市の研究成果を東葛や川口の中小企業の活動に結びつけるもので、その他、中央高速沿いのクラスターや首都圏北部および京浜地域のクラスターも支援の対象になっている。
このような産業クラスター政策の評価については、少なくとも参加企業の反応に関する限り、政府の支援策についての情報が得られる点、および異なる産業とのネットワークを構築できる点での評価が高い。他方、研究開発関連の公的機関とのコンタクトおよび商社を含めた大企業との協力を進める点では、あまり満足度は高くない。結論として、ここ数年間、特に東京圏の経済情勢が好転したこともあり、クラスターの枠組み内での産官学の協働はかなり進展したが、それでも三者の間での協力体制と相互信頼の関係はまだ十分とはいえない。もしこのクラスター政策が東京圏で成功すれば、アングロサクソン的な民間中心のアプローチではなく、どちらかというとヨーロッパ大陸的な考え方に近い、産官学の密接なリンクに基く技術開発モデルが提示できるかもしれない。
英語の原文:
"Industrial Cluster Policy in Metropolitan Tokyo"
http://www.glocom.org/opinions/essays/20070717_cavasin_industrial/