本稿では、最近起こっている環境汚染、感染症、食品中毒などの事件に鑑みて、日本や中国やアジア諸国で人間の安全と環境を脅かしている様々なリスクに対処するために、日中が共同で危機管理体制を構築することを提案する。
古典的な安全保障の概念は、国家が国民や領土を外敵による軍事的侵略から、必要ならば軍事力を使って守るというものであるが、もちろん協調的安全保障、つまり相互信頼、外交、国際協調などにより戦争を未然防止しようとする努力もなされてきた。この点で、日本は大平内閣時代に、「総合安全保障」を提唱し、軍事的脅威への対処ばかりでなく、日本が外に依存する食料、エネルギー、その他の資源獲得や大規模自然災害に関するさまざまなリスクに、外交的、経済的、非軍事的な手段で対処することを打ち出した。その線に沿って現在広く受け入れられている概念が、「人間の安全保障」で、人間の生存、生活、尊厳を脅かす環境破壊、人権侵害、難民、貧困などのリスクに対応することの重要性が強調されている。
安全保障の概念のこのような変化は、日本だけでなく、最近では中国やアジア諸国でも起こっており、特に大気汚染や水質汚染などの環境問題の悪化が引き金となっている。各国とも安全で健康的な低炭素社会を構築するとともに、国際的な協力によって地域全体や世界全体のグローバルな問題に対処して、生活環境の改善を図るべきである。このような安全保障に対する新しいアプローチは、中国においても最近何年間か深刻な環境問題や社会問題を経験した結果、ようやく定着しつつあり、日本と協力して地球温暖化、黄砂問題、鳥インフルエンザ、食品中毒問題などに取り組む姿勢を見せている。
実際に、これまで日本と中国は、特に環境問題の分野では協力を深めてきており、1988年の「日中友好環境保全センター」の設立以降、過去20年にわたり日本の環境ODAによるさまざまな環境関連プロジェクトが実施されてきた。2007年4月には、当時の安倍晋三首相と温家宝総理が、環境保全を両国共通の戦略的利益にかなった分野とみなしてグロバールな枠組み構築に協力することで合意し、また同年12月には、福田康夫首相と胡錦濤国家主席による会談の結果、環境分野における12項目の日中協力が発表された。
このような展開は日中両国が一緒に環境問題に取り組んでいる点では評価できるが、今や環境問題の個別のテーマごとの援助型の協力関係では十分とはいえない。これから必要なのは、両国が運命共同体としての意識を持ち、人間の安全と環境全般についての危機管理のためにお互いの経験や教訓を共有化することである。より具体的には以下のステップを提案したい。
第1に、日本は内閣府の中に人間の安全と環境に関する危機管理を行う「環境安全危機管理会議」を設置する。その会議のメンバーは、環境省、外務省、防衛省、厚生労働省など関係各省庁の担当者からなり、人間の安全と環境の危機管理についての基本方針を立案し、それをすべての関係省庁が行動指針とする。
第2に、日本と中国は、「日中友好環境保全センター」を格上げした組織として、「日中環境安全危機管理センター」を構築する。そのセンターでは、「環境安全危機管理会議」が立案した基本方針に沿って、危機管理の手法を使い日中間における人間の安全と環境に関する諸問題に優先順位をつけ、協力して着実に取り組む。
第3に、日中両国は問題の3つの局面に従って適切な危機管理を行うよう協力していく。(1)問題の発生を予防する「予防段階」、(2)発生した問題の被害拡大を防ぐ「緊急対応段階」、(3)危機からの復旧を図る「復旧対応段階」。以上のような体制とアプローチは、日中およびアジア諸国が、国家間にまたがる人間の安全と環境の危機に対して迅速かつ総合的に対応する上で大いに役立つであろう。
英語の原文:
"Toward a Japan-China Joint Risk Management System: For Human Security and Environment"
http://www.glocom.org/opinions/essays/20080206_harada_toward/