日本の医療制度の質が低下していることは、最近のニュースの見出しを見るまでもなく明らかである。急病患者が病院をたらい回しにされて救急車内で死亡したり、悲劇的なC型肝炎の事件が起こったり、癌患者が救命医療や薬品の使用を拒否されたりするという報道が毎日のようになされている。日常的な経験から言っても、病院での待ち時間が異常に長く、診察される時間が非常に短く、処方される薬があまりに多い。日本全体を見ると、地方における病院の閉鎖が目立つ一方で、高齢者の医療サービスがますます大きな負担となってきている。それに対して政治は、二大政党が短期的な政権抗争に明け暮れており、無為に政府の債務残高だけが増え続けている。
医療に関する世論調査によると、医師不足、保険適用の硬直性、患者の意見無視といった問題が浮かび上がる。しかしそれと同じ調査で、負担がこれ以上増えることについては、それが税であろうが料金であろうが絶対に反対という態度が一般的である。ところが、日本の1人当たり医療支出は他の国よりもはるかに低く、もちろんアイルランドよりも低い。日本では財政赤字が悪化しているにもかかわらず、医療費の80%は政府が負担している。そのために、コスト抑制が優先するので、最新の技術や医薬品は使われず、奨励されてもいない。
日本では、医療分野で公的な規制が多いために民間部門が育っていない。アイルランドでは民間の医療サービスが盛んで、例えば民間の病院が公的な病院の敷地内に建設されている。規模の経済や市場での競争や効率性の追求により、世界水準の治療が公正な価格で利用可能なのである。実際に日本と比べると、アイルランドの付加価値税は21%(日本の消費税は5%)、たばこ1箱は約1200円(日本は300円程度)、初診料は一律12,000円(日本は約200円)である。これで、なぜ日本の病院が単なる風邪の患者でも押しかけるため異常に混雑するかが明らかになる。
日本においては患者の声を支援するグループを育成し支援することが、コストをかけずサービスの質を高め、効率を引き上げる圧力を作り出す近道である。アイルランドでは、医師、看護師、病院のスタッフが患者とともに協力して病院と医療の改善に声を上げているが、日本では医療政策分野の業界と官僚と政治家が「鉄のトライアングル」を形成して、患者は阻害されており、患者の立場を代弁するグループが国際的なスタンダードからみても未発達である。いまのところこの分野で努力しているのは、日本医療政策機構のような非営利団体に限られているようにみえる。
医療サービス分野は、民間部門と公的部門のバランスを改善すれば、財政負担の重い分野ではなく、むしろ高い生産性を持つサービス部門としてGDPや消費に貢献することが可能となる。民間部門を拡大することにより、治療はより透明で結果を重視するようになり、質も向上し、薬の処方過多や入院者数確保の行動も修正されると思われる。医師や病院はパフォーマンスに基づいてランク付けされるようになり、病院経営も経営の専門家によってより効率的なものになるであろう。はたして、日本の医療の質がどこまで落ちれば、危機意識によってこのような変化が起こり、人命がもっと救われるようになるのであろうか。
英語の原文:
"Declining Quality of the Healthcare System in Japan - Suggestions from Ireland"
http://www.glocom.org/opinions/essays/20080317_duignan_decline/