石塚氏は英語の論文(以下のリンク参照)において、旧長銀の粉飾決算事件で旧経営陣に最高裁が無罪の判決を下したことに関して、これで日本のバブル経済崩壊後の金融危機を避けるために多額の公的資金が使われたことの責任を銀行の経営者たちに負わせることが再考され、むしろ銀行の経営を細かく規制してきた監督官庁の責任こそが問われるべきと指摘する。
争点は、旧長銀経営陣が1997年に当時の大蔵省が発表した新ガイドラインに従わず、不良債権を実際より低く見積もり、余剰金がないにも関わらず配当金を出したことが粉飾決算に当り、それが後により多額の公的資金投入につながったと非難されたことであったが、それに対しては、当時まだ新ガイドラインは確立されたものでなく、また不良債権の先送りについては当局の暗黙の了解があったというのが反論であった。
ここで重要なポイントは、数十年にわたる日本の銀行界に対する当時の大蔵省の圧倒的な管理力であり、その規制の力によって銀行に絶対的な服従を要求してきたことである。その関係は、銀行がいかなる難局に立とうとも、保護を保証する見返りに忠誠を要求する点において閉鎖的であり、抗し難い当局主導の護送船団方式は、独立や自由なマネジメントという本能を金融機関から奪ったのである。
今回の無罪判決に対し、多くのマスコミは口を揃えて「それでは誰に責任があったのか」と問い、当時の大蔵省の責任を示唆している。その当局の規制力は新たに創設された金融庁に引き継がれたが、行き過ぎた政府の力が民間に介入してくる問題や、何か起こった際に責任の所在を明らかにしない問題は未だ解決されていないと石塚氏は述べている。
英語の原文:
"All that Tax Money Gone, No One to Take the Blame"
http://www.glocom.org/opinions/essays/20080804_ishizuka_tax/