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瀬戸際の日本経済

行天豊雄 (国際通貨研究所理事長)


オリジナルの英文:
"Japan at the Brink"
http://www.glocom.org/opinions/essays/200303_gyohten_japan/index.html


要 旨


日本経済は、全体としては緩慢な回復過程にある。GDPの成長率は昨年は1%程度であり、今年も同程度と予想される。プラス面としては、企業収益がリストラ効果で回復し、投資も増加するであろう。輸出は依然として強い。しかしマイナス面では、消費や雇用が落ち込んでいる。鉱工業生産も低下傾向にある。GDPデフレーターは年率2%で下落し続けている。銀行の不良債権はまだ高い水準にある。不動産市場は依然として弱く、株式市場は世界の他の市場と同様に、大きな損失を被っている。財政状況もまだ改善に向かっていない。


2年ほど前には、日本の状況は、好景気に沸く米国経済や他の先進国経済と比較して、まったくひどいものであった。世界経済の見通しが悪化した結果、日本のひどさは以前ほどは目立たなくなったが、しかしそれは何の慰めにもならない。なぜなら日本経済は、他の先進国経済には見られない幾つかの深刻な問題に直面しているからである。それはデフレの問題、金融機関のバランスシート問題、財政赤字問題などである。それらは経済に埋め込まれた時限爆弾のようなものといえる。そのどれも明日爆発するものではないが、起爆装置を適切に早く取り除かないと爆発の危険は極度に高まっていく。


デフレを巡る問題
日本経済はデフレ状態にある。緩慢な率とはいえ、生産者物価は15年間、消費者物価はここ4年間下がり続けている。このような長期におよぶデフレの原因を特定することは難しいが、供給過剰と需要不足の両方ともデフレに寄与しているといえる。問題はどちらがより緊急かということである。


デフレは貨幣的現象であるというモネタリストは、流動性を十分に注入して、デフレ期待とインフレ期待に変えれば、人々は貨幣から資産に乗り換えるであろうと言う。彼らは日銀にインフレターゲット政策を取るよう要求して、国債や株や不動産を無制限に購入することを勧め、場合によっては通貨や預金に課税するといった、非伝統的な方法さえも示唆している。


一方、反モネタリストは、モネタリストの提案する政策は無謀な上効果がなく、有害でさえあると主張する。人々が消費せず、企業が投資しないのは、カネが不足しているからではなく、経済の将来に確信が持てないからであり、それは供給側に実に多くの構造的な障害があるからである。流動性を無制限に注入することは、中央銀行の信頼を損ない、モラル・ハザードを助長し、結局は制御不可能なインフレをもたらすという。


小泉首相は、必要な構造改革を行わない限り、経済の回復はないと頑なに主張してきた。しかし、景気低迷が続くにつれて、デフレを直す必要性を認めざるをえなくなった。彼は日銀新総裁にもっとデフレ対策を取るように要請した。おそらく、日銀は国債の購入や、何らかの形の株や不動産の購入を増やすというインフレ策を取るかもしれないが、インフレ・ターゲットは採用しないと思われる。いずれにせよ、デフレはまだ今後2〜3年は続き、現在進行中である供給側のリストラによって、銀行や事業会社の収益が改善するまでは止まらないであろう。


不良債権と財政赤字の問題
銀行の不良債権問題は、ゆっくりではあるが、着実に解決に向かっている。銀行は不良債権を償却する資金不足に苦しんでいるが、国有化を恐れて公的資金の導入には強く反対している。増資によって資本増強を図っているが、それは時間を稼ぐだけで、要は彼らがどれだけ収益性を強化できるかにかかっている。これからの1年間が彼らの収益力を高められるかどうかの正念場といえる。


財政赤字の重い負担が、もう一つの構造問題である。国債の残高がGDPとほぼ同額となり、さらに増加している。その価格が大きく崩れるならば、機関投資家や事業会社にとって大打撃となるであろう。これこそが本当の時限爆弾に他ならない。政府としては財政赤字をくい止めて、プライマリー・バランスを回復させるような信頼できる長期的な計画を実施に移す必要がある。実際には国内の投資家が日本の国債を信頼して買っているので、徐々に調整するような中期的な見通しを示せば、ソフトランディングは可能かもしれない。


為替レートと中国通貨の水準
為替レートは日本経済の将来にとって重要な意味を持っているもう一つの問題である。最近、米ドルと中国の通貨の両方に対し、円を安くする方向を打ち出すべきという声が高まっている。購買力平価でいっても、円は少なくとも20%は切り下げるべきという。円安は国内経済を刺激し、デフレを緩和するとも考えられている。


しかしながら、為替レートの変更については、相手国への影響も一緒に考慮する必要がある。もしイラク情勢が比較的早く安定すれば、米国経済は高成長に戻る可能性が高く、一方、日本はまだ調整が続き、短期的には円がドルに対して弱くなるかもしれない。しかし長期的には米国の対外不均衡が調整される必要があるので、ドルは低下する傾向を持つであろう。


中国通貨については、国内の物価水準と対外収支を考慮すると、中国の通貨価値はかなり過小評価されていることは明らかである。そのような事態に被害を受けているのはアジア諸国や日本であり、さらに中国の貿易相手国のすべてである。この意味で、これはグローバルな課題となっている。しかし、中国の国内事情により、現在の為替レートを維持する可能性が高い。米国も地政学的な理由から中国にこの問題で圧力をかけることは避けると思われる。おそらく中国は現在のレートを中心に、もう少し柔軟な変動幅を広げることで、数年はしのごうとするであろう。ただし国際的な圧力が強まることは不可避である。


これらをすべて考慮すると、日本経済は今後2〜3年は苦しい状況が続くであろう。確かに、金融制度の強化、産業のリストラ、規制緩和のような構造改革といった重要な分野で前進がみられるが、そのスピードは遅すぎるので、それが加速することを望みたい。そうすることは不可能ではない。なぜなら、多くの場合に市場の力が働き、既得権を守る者の抵抗が無効となり、その結果、社会全体として危機感が高まると思われるからである。

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