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魔法の杖と3つのS

竹中平蔵 (経済財政政策担当・金融担当大臣)


オリジナルの英文:
"No Magic Wand Needed for the Japanese Economy"
http://www.glocom.org/debates/20030224_takenaka_no_magic/


要 旨


波乱含みの今年
「今年の経済は、非常に波乱含みになるのではないか」と多くの人が述べている。確かにその要素はあるだろう。改革の成果が確実に出てくるには5年、10年という時間が必要であるが、改革は変わるべきものを変えるので、経済の何らかの変化を引き起こす。その意味で今年は波乱含みの年になることを覚悟しなければならない。


ただ、悲観的になりすぎる必要はない。政府は2003年度の経済見通しを実質GDP成長率0.6%とした。これは確かに成長率としては低い。しかし、今の集中調整期間は高い成長率を望むべきでないと考えたからこそ出した数字で、決して悲観的に見ているわけではない。


昨年の今ごろは、政府経済見通しを実質成功率0%とした。これは、民間の主なシンクタンクが平均マイナス0.4%を掲げる中で、楽観的との批判があった。しかしその後の推移で、2002年度について現実には1%の成長が望める状況になっている。これは、アメリカの予想を超えた成長率に引っ張られたところが大きい。


不確実性の削減
基本シナリオは、経済が少しずつ良くなっていくというものである。ただ基本シナリオはそうでも、前に立ちはだかる「不確実性」が2003年のキーワードになるだろう。もっとも大きな不確実性は、アメリカのイラクへの対応である。そして日本においては、不良債権の処理の過程で何が起こるかであろう。政府が低い数字を挙げているのは、こうした要素も考慮しているからだ。


予算編成を見ても、今回は大きく様変わりした。12月23日には全体の内容が決まり、24日には閣議決定となり、年末まで持ち越されることがなかった。これは今年度の補正予算と来年度の予算を、同じ時期に一体のものとして議論したことが一つの理由だろう。そのようにマクロのマネジメントをするのが効果的と考えたからである。


今回の補正予算では、景気テコ入れのため、公共事業と雇用・中小企業対策・セーフティーネット拡充用に合計3兆円の追加支出を決めた。それに本予算での先行減税約2兆円を加えてトータルした5兆円は、GDP比1%ぐらいになる。これで、保険料増加など、来年度懸念される国民・民間の負担増を財政の非常に大きな制約の中で、何とか相殺するようなマクロの手当てはできたと思う。


こうした中で、本年度の経済については、できるだけ不確実性をなくし、基本シナリオに近づけるような政策運営をすることが重要な課題である。


3つの「S」について
不良債権処理については、「金融再生プログラム」に基づき銀行システムを強化する。確かに、昨年10月以降、銀行はいろいろな意味で変化の兆しを見せている。複数の銀行が、新しい経営計画を公表した。そうした銀行の努力を理解したうえで、政府は3つの「S」で計画の詳細を見ていきたい。ここで3つの「S」とは、「ストラテジック(戦略性)」「サウンド(健全性)」「シンンシアー(誠実さ)」である。


まず、銀行が立てる計画は、数字合わせのためではなく、「戦略性」がなければならない。また、それは「健全」なものであるべきで、貴重な原資をなし崩し的に使うような不健全な計画では困る。あるいは、貸し手の優越的な地位を乱用して、増資の引き受けを迫ったりするなどの「不誠実」があってはならない。そして、公的資金を受け入れている以上、提案した経営健全化計画は「誠実」に履行すべきだ。そこには、中小企業向け貸し出し増加の約束なども含まれている。


現在の日本には、まだ「未曾有の大不況」というレッテルが貼られ続けている。しかし、バブルが崩壊した頃に比べれば、わずかだが成長していることに希望を持ちたい。もちろんそれに満足できるはずはなく、本来日本が持っている2〜4%の成長軌道に復帰することは大事である。


魔法の杖シンドローム
どこの国でも共通していることであるが、経済が上向く兆候は家計部門から見えだす。企業部門がそれについてきて、設備投資に火がつくのである。その企業部門が立ち上がってくるだろうという予想が、2003年のシナリオの基本になっている。おそらく、税制改革や経済を悪化させないという強い意志なども、その期待を増幅させているだろう。


ただ、非労働力化人口の増加は見過ごせない。それも若年層に多いという問題がある。職場が無いことや起業の難しさなどを解決する「産業発掘」を重視し、積極的にサポートしていきたい。


最近のベストセラー本「ハリー・ポッター」ではないが、ある社会学の専門家が「魔法の杖シンドローム」という言葉を使っている。どう考えても不可能なことを、たちどころに可能してしまう「魔法の杖」のような効果を、経済政策にも求める雰囲気が一部にある。しかし現実の経済には、不況をたちどころに吹き飛ばすような「魔法の杖」は無いことを自覚すべきだろう。私達はかつて「魔法の杖」の幻想を追い、その結果、バブルは崩壊し、日本の競争力は低下した。


今、我々がすべきことは、負の遺産をできるだけ早く解消し、痛んだ企業のバランスシートを立て直すこと、財政をある程度の状況まで戻すことに尽きるのである。この2、3年間でなすべきことをすれば、「魔法の杖」など思い描くまでもない成果がもたらされると、私は信じている。

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