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日本、韓国、中国の民主主義と政治学

猪口 孝 (東京大学教授)


オリジナルの英文:
"Political Science in Three Democracies, Disaffected (Japan), Third-Wave (Korea) and Fledgling (China)"
http://www.glocom.org/opinions/essays/20030626_inoguchi_political


要 旨


1. 政治学は米国の社会科学か
政治学は米国の学者の学問であろうか。少なくとも過去50年ほどは、そうだったというのが標準的な答えである。その量や質で、米国の政治学は他の国の政治学をリードしてきた。他の国における政治学のジャーナルでも、その文献の引用方法や明確な執筆スタイルなどの面で、米国流のパラダイムや著者の影響が容易に見て取ることができる。


本稿では20世紀の最後の四半世紀における東アジアの日本、韓国、中国でいかに政治学が発展してきたかを説明し、その発展が米国の政治学とともに、多少の時間差をもって進んできたが、それはそれぞれの社会と政治の性格や動きと分かち難く結びついていることを示すのが目的である。特に、日本における「不満を抱える民主主義」、韓国における「第三の波の民主主義」、中国における「駆け出しの民主主義」といった、それぞれの国の民主主義の性格や動きと結びついており、したがって米国の政治学の支配的影響は、これらの国の政治学では主要な特徴にはなっていない。以下では、まず各国の民主主義を比較し、それぞれの性格や動きと関連してよく取り上げられたテーマに焦点を当て、それに関する結論を導くつもりである。


2.不満を抱える民主主義、第三の波の民主主義、駆け出しの民主主義
不満を抱える民主主義とは、その誕生から長い期間が経過して成熟し、確立した民主主義であるが、政治に対する不信や無関心がその特徴となっている。不満を抱える民主主義は、批判的な市民が権力に反対し、不正を正すよう要求したりする民主主義ともいえる。日本は明らかにこの不満を抱える民主主義である。なぜなら、政党、議会、公的サービス、政治リーダー、政府などに対する信頼は押しなべて低いからである。その上で圧倒的多数の有権者は、権威主義よりも民主主義を選択している。


これと明確に異なるのが、最近の四半世紀に起こってきた第三の波の民主主義である。その特徴は、民主主義の手続きや選挙に焦点が当たること、および民主体制の操作や民主的なコミットの脆弱性などが問題になることである。韓国は明らかに第三の波の民主主義である。2002年12月の大統領選挙における反米感情のように世論が大きく動く傾向を示し、しかもかなりの数の有権者が民主主義よりも権威主義を望んでいる。


駆け出しの民主主義は、半民主主義ないし民主主義への動きともいえる。体制の基本的な性格は明らかに独裁的であるが、それが民主的な形に転換する特徴が見出せる。中国では資本家や科学技術の専門家が共産党員になることを許すようになっており、地方の村レベルの選挙では、多くの場合は共産党員だけとはいえ、複数の候補者を許すようにもなってきている。中国はまだ人民による政府とはいえないが、ある程度は人民の政府であり、徐々に人民のための政府になりつつある。


3.日本における1975〜2000年の政治学の発展
日本では敗戦直後には、(1)1930年代と40年代の日本はなぜ道を誤ったか、および(2)西欧民主主義は自由を守り富を蓄積する上でなぜ優位に立っているか、という一対の問いが、駆け出しの政治学を支配し、これらの問いが近代日本の歴史家と西欧民主主義の思想家を生み出した。


しかし、20世紀の最後の四半世紀には、それとは異なる問いが日本の政治学で問われるようになった。日本の民主主義と富の蓄積に自信を持ち、戦争もなく一人の兵士も戦闘で失っていないという平和主義の結果をもとに、日本の政治学者は自らの政治体制を詳しく分析し始めた。最初日本の政治学者は、日本が西欧民主主義の周辺にあるものと日本を見下す傾向があったが、20世紀の終わりに近づき冷戦が終わる頃には、日本を国際比較の視点で、ある程度対等に見ることができるようになった。さらに第三の波の民主化により、東アジアや東南アジアの民主主義を詳細に見て、日本との共通点や相違を、これもある程度対等に見るようになってきた。このような傾向は、過去半世紀に編集されたジャーナルや辞典などを見ることで明らかになる。


4.韓国における1975〜2000年の政治学の発展
1989年から2003年までの民主的な大統領制のもとでは、それ以前の軍事独裁的な大統領制とは対照的に、学者が政府についてはるかに自由に書くようになった。それ以前は、学者は国内的な問題を引き起こさない政治哲学と、安全保障の問題にもっぱら焦点を当てていた。それにもかかわらず、1989年以前の政治学の発展には見るべきものがあった。その理由は、軍事独裁制のもとでも儒教に基づく文民支配の伝統が学者に高い権威を与えたからであり、さらに多くの韓国人の学者が米国で教鞭を執り、論文を発表して韓国内の学者に影響を与えたからである。


1989年以降の韓国における政治学の発展は、目覚しいものであった。テーマの範囲も広がり、何を論じてもよくなった。それとともに、第三の波の民主主義の問題点が、もっともよく取り上げられるテーマになったことは言うまでもない。しかしながら韓国では、圧倒的に多くの学者が、韓国語で論文を書いている。韓国には600人ほどの学者が米国で博士号を取得しているが、韓国内で教職に就くともっぱら韓国語で論文を書くようになり、それにつれて取り上げる内容も米国の政治学の内容から離れて、韓国内のテーマを取り上げるようになる。つまり、一見すると日本や中国にくらべて、韓国は米国化がもっとも顕著にみえるが、その程度はあまり深くないようである。2002年に教育相が、学者の業績評価の基準の一つとして、社会科学文献引用インデックスを採用するルールを決定した。それは米国の政治学の浸透を促進するもので、一部それに反応して、英文での政治学のジャーナルがいくつか韓国内で発行されるようになった。


5.中国における1975〜2000年の政治学の発展
中国では、1949年以来共産党の支配下にあるが、ケ小平による改革以降に、政治学は興味深い展開を見せた。特に1980年代のいわゆる北京の春の時期に、改革派の政治学者が改革を推進するようになった。しかし中国の政治学は、1990年代以降により活発な発展を示した。重要なことは、改革派の政策が1992年以降に経済ブームをもたらし、海外から資本や技術とともに、アイデアや制度がもたらされたことで、もし中国が第三の波の民主主義に向かっているとすれば、それは中国の政治学者がそのようなテーマを取り上げたことが何らかの役割を果たしたといえよう。


一見すると、中国において米国の政治学の影響がかなり広く及んでいるように見える。民主主義に関するテーマが学問分野で強く望まれているからである。米国化の傾向を促進しているのが、教育と諸制度である。中国では韓国と並んで選ばれたエリートが、その子弟を米国に送って教育を受けさせる傾向がある。その結果、中国の教育制度は米国の大学や研究所をモデルとして改革されつつある。


それにもかかわらず、学者の著作を読むと、中国が共産党や共産主義を捨てるべきという議論はなされていない。むしろ西側の民主主義の哲学的批判や中国の歴史を考慮した注意深い民主主義の考察が支配的である。そのために米国の政治学の概念や方法を使っているが、経験的分析は充分でない。海外の状況を分析するために、米国の視点で見る場合も多く、その点では海外で教鞭を執っている中国人の政治学者の著作を無視することはできない。


6.結論
日本、韓国、中国がそれぞれ段階は違うものの、米国型の民主主義への発展の道を辿っているように、これらの国の政治学も米国中心の政治学と軌を一にして発展している。しかしそれは、この東アジア三国の政治学が、米国の政治学によって支配的に影響されていることを意味しない。むしろ各国をとりまく現実が政治学者に主要なテーマを提示し、政治学者はその分析のための概念や方法を米国の政治学に求めているといえる。日本ではなぜ政治リーダーや政治制度に対して不満が大きいのか、韓国ではなぜ民主主義になって15年経っているのに反米感情が強いのか、中国ではなぜ指導体制が国民を信頼せず不透明で不明瞭なのか、といった問題がそれぞれに政治学を動かしている重要なテーマとなっている。それぞれ進化する体制の特徴との関連でよく取り上げられ、テーマの隆盛をより詳細に組織的に分析することが必要なことは明らかである。


ここで、米国の政治学の役割は、このようなそれぞれの問題に答えるための概念を提供し、よき先導役を果たすことである。米国の政治学は自分の国のテーマを中心として発展しているが、その概念的な影響は国境を越えて広く及んでいる。その意味で米国の政治学は、米国型の民主主義を海外に向けて推進する上で役立っているといえるであろう。

(抄訳:宮尾尊弘)

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