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日本の回復は本物か?

行天豊雄 (国際通貨研究所理事長)


オリジナルの英文:
"The Revival of Japan, Is It Real?"
http://www.glocom.org/opinions/essays/20031104_gyohten_revival/


要 旨


1990年代初に発生したバブル崩壊は、その後日本に失望と不安と屈辱をもたらした。他の国々から、日本は当たり前の問題さえ処理する能力を持たず、世界経済の枠組みの中で最も深刻な不安定要素であるとまで言われた。
日本が抱えている問題は多岐にわたるが、以下が主要なものである。
(1)脆弱な金融機関
(2)持続するデフレ
(3)財政赤字
(4)貧弱な企業統治
(5)過度の規制
(6)硬直した政治
(7)高齢化する人口
これらの問題はいずれも新しいものではなく、何年にもわたり指摘され、歴代の総理大臣が解決に尽力したものである。しかしいずれも成功したとは言い難い。今になって振り返れば、失敗の理由はいくつか挙げられる。まず、資産価値の激減が多くの企業や家計のバランスシートを悪化させたにもかかわらず、それが何年も顕現しなかったことである。これはその間銀行が信用を供与し続けたことによるものであり、その結果、銀行自身の資産劣化を招くことになった。つまり、現実を認識せず無頓着に流れていたということである。状況の深刻さに我々は気付くことなく、以前のように再び力強い景気回復が不良債権を拭い去ってくれるのではないかと漠然と期待していた。緊急事態であることの認識が乏しいことにより、大胆かつ断固たる政策が採られることは無かった。

資産デフレの重圧と対応策の誤りによって、日本はその後経済不況とそれに伴う心理的抑圧を味わうことになった。

しかしながら昨年来、日本経済の回復を示唆する兆候が増えてきている。生産、在庫、稼働率、そして投資が改善を見せている。消費と雇用はもちこたえている。2002年に1.6%であった実質GDP成長率は、今年の第一、第二四半期にそれぞれ、2.4%、3.9%と回復した。IMFによる2003年の成長予測は、米国2.7%、ユーロ圏0.6%に対し、日本は2.0%が見込まれている。企業収益は厳しい経費削減によって改善しつつある。マクロ経済指標の改善と市場心理の好転によって、株価は急速に反転し、過去2年間にわたる低下を回復した。企業と家計による経済全般への信頼は著しく改善し、この経済面での回復は、政治面で小泉首相に対する強い支持をもたらした。

今回の日本の経済回復は果たして本物であろうか?現在の見かけ上の改善は、はたして10年間の不況による痛手から日本を解き放ち、確固たる持続的な回復を支えることができるであろうか?この疑問に答えるには、上記の7つの点について、それぞれを吟味してみなければならない。


(1)金融機関の再建
金融機関の難局自体は、日本経済を苦境に陥れた根本原因ではない。90年台初期にバブルが崩壊した結果、日本の銀行の不良資産は総資産の20%にまで達し、株価の下落は準備金を減少させた。その結果、政府は銀行に対し20兆円にのぼる資金注入を行う羽目に陥ったが、90年台を通じ、銀行も自らの収益と準備金を元手に70兆円の不良資産を償却した。

現在では、日本の金融機関にシステミック・リスクは存在しないと言って良いであろう。主要銀行は2005年3月末までに不良債権比率を3〜4%まで落とすことに自信を深めており、主要行のレーティングも最近になって引き上げられている。

しかし私としては、日本の銀行は完全に立ち直ったかと聞かれれば「まだ」と答えざるを得ない。確かに復興への努力は意欲的に行われているが、収益力はまだまだ不十分である。伝統的な貸付業務に頼らず手数料ビジネスを開拓する等、より収益性の高いビジネスモデルを構築し、資本の充実を図らなければならない。その上で、防御的な縮小過程から積極的な拡大策に転換する必要がある。日本の銀行が世界の主要な金融機関の一員として機能するまでには、まだ長い時間がかかるであろう。


(2)デフレは深刻な脅威か?
日本経済は長い間デフレ状態にある。GDPデフレーターは1994年から(1997年を例外として)一貫してマイナスとなっている。デフレを憂慮する人々は二つの点をあげる。ひとつは、デフレは実質金利を引き上げることになり、この高い実質金利は投資と消費意欲を削ぎ、その結果企業収益と雇用が侵食され、かく悪循環を誘発せしめるもので、日本ではその循環が既に始まったと指摘する。もうひとつは、デフレは純粋な金融現象であるとした上で、したがって、唯一のデフレ対策は、市場に流動性を充分に供給してインフレ期待を招くことであるとする。そしてそのために、日銀はインフレターゲットをはじめ、あらゆる非伝統的手段を尽くすべきであると主張する。

一部からの強い主張にもかかわらず、日本の国内では、強力な反デフレ政策へのコンセンサスは生まれなかった。これは、日本人の多くが、上記二つのいずれの見方にも懐疑的であったことによると思われる。年率1〜2%のデフレでは実質金利が急騰するまでには至らず、実質金利の高騰による経済崩壊の懸念という主張には説得性が乏しかったこと、また、日本は今硬直的な産業構造を修正しつつあり、その過程での現象であれば価格低下は十分に有り得ることであったことから、人々はデフレが純粋な通貨現象であるとの主張には納得しなかった。

更に留意すべきは、日本のデフレは、中国を中心とした新興諸国の産業革命により生じた世界的な供給過剰による世界規模でのディスインフレの一環であるということである。こうして現在ではデフレ自体への懸念は縮小し、焦点は構造改革の促進に移りつつある。


(3)財政破綻は不可避か?
不況脱却を目的として大規模に実施された財政出動により、日本の財政は90年台に著しい悪化をみた。財政の40%は借入によって賄う事態となり、政府債務残高はGDPの140%に達している。これは先進国の中で最悪の水準にある。様々な方面から、日本の信用力が崩壊し、長期金利が急騰することにより、政府がハイパーインフレ政策を採用せざるを得なくなる、と指摘されている。財政状態が深刻であることは論を待たない。財政政策の柔軟性は奪われ、効率的な資金フローが阻害されている。しかしこれは、近い将来財政破綻に陥るかということとは別の問題である。日本の国債の95%は円建てである。日本は大幅な経常収支黒字にあり、外貨準備も5千億ドルに達している。民間分を加えれば、対外資産は1兆5千億ドルと、世界最大の債権国である。これはつまり、政府債務のほとんどすべては国内の貯蓄により賄われているということである。そしてこれが、他国の政府と状況が大きく異なる点である。国債の利回りは1.3%と低い水準にあり、市場では引き続き旺盛な購入意欲がみられる。したがって、日本の財政は、直ちに危険に陥る状況にはない。しかしながら、状況を放置して良いということではない。2010年代の初めには収支が均衡するよう、公共支出の削減や税制の改革など、政府は有効な改善策を打ち出さなくてはならない。


(4)企業の再構築は進展しているか?
不況の大きな原因のひとつが、内外市場の大きな変化に対応することができなかった日本の産業界にあることは、いまや明らかとなっている。70年代まで有効であった産業構造や企業統治の仕組みが、その有効性を失ってからあまりに長くそのまま放置されてしまった。以前の5〜6%に達する成長が長く続くという期待に安住してしまっていたのである。競争力を実際には失っていた国内向けの産業は、実態は保護と補助によって生きながらえることができたのである。そして過剰な設備・雇用・債務が蓄積された。80年代に、グローバル化とIT革命がビジネスのパラダイムを変革したが、欧米に比べ、日本の産業は新しい市場環境に対応するのに10年以上遅れをとってしまった。最近の2年間ほどでようやく、企業の再構築、商法・独禁法の改正、会計・監査ルールの変更、株主の権限強化、市場原則の浸透等の見直しが始まったところである。但しここで注意しておくべきは、これらの変革は経済分野に限らず、政治、社会、そして文化にも大きな影響を与えるということである。このため、変革の速度は遅く見えることも止むを得ない面がある。しかしながら、この2年間で産業界が経た変革過程がその根本からの要請であった点を踏まえると、目覚しい成果を得るまでには今後更に数年を要するとしても、変革の道を後戻りできないことは日本人の多くが自覚していると言えよう。


(5)小さな政府は実現するか?
過度の規制と政府の介入が、内外人を問わず日本でビジネスをする人々の不満であった。事実、日本は欧米に比べてビジネスの制限が多かったと言えるが、これは明らかに1930年代以来日本経済を支配し指導した、開発独裁主義の名残であった。多くの規制は経済的な目的を意図したが、なかには社会的、文化的背景により正当化されたものもあった。しかし今日、国際的競争力の回復が主要な政策目標とされるに至り、規制緩和と民営化が小泉政権の下で進められている。公社公団の幾つかは数年内に民営化されることになっており、農業・教育・医療・雇用の仲介など、官の関与が大きかった分野にも、最初は地域的な限定を受けるものの、やがては全国的に自由化される方向にある。規制緩和と民営化は着実に進捗しつつある。ただし、雇用と既得権益に直接結びついた分野では一部政治的・社会的に大きな抵抗があり、これからも困難が予想される。更に、国際的な最近の流れとして、欧米を含む先進国の間では、テロの脅威と繰り返される企業スキャンダルに対応する形で、官の関与が一般に増えているということもこれからの方向を見極める上での要因として挙げられる。こうして、大きい政府か小さい政府かの選択は、多くの国を悩ませる言わば世界的な問題となっている。しかし日本は、そもそも過大であった規制をまずは減らすという方向で動いており、現状は小さな政府に向けて進みつつあると言えよう。


(6)政治の活力は得られるか?
日本の政治は半世紀にわたり自民党の支配下にあった。自民党は、集金力があり政府や特定産業に強い影響力を持つ老練な政治化によって指導される複数の派閥から構成されている。すなわち、政・官・業の相互依存関係からなる鉄の三角形が、政策決定の基礎を形作って来た。このような構造の下では、自民党の個々の政治家は、官僚を配下に組み入れることにより、議会に対する責任を意識する必要が無いまま、強い政策決定力を持つことになっいた。政策は選挙民の意思ではなく、特定の利益団体の利害を反映するようになった。小泉総理大臣の最大の成果は、このような慣行を断ち切ったことである。小泉首相は、総理府の中に政策策定のための特別なチームを作り、官僚や自民党の個々の政治家の介入を最小限に留める構造を作った。また、閣僚を任命するに際しては派閥の推薦に拠らず、自らの選択により任命した。小泉総理は、強力な指導力と巧妙な政治力を発揮して、自民党の派閥や官僚の力を殺ぐことに成功したのである。こうして史上初めて日本の総理大臣はトップダウンで行政を執行することになった。未だ内外での評価は少ないが、私としてはこれが戦後の日本の政治風土で発生した最も注目すべき事象に思われる。


(7)高齢化は日本を衰退させるか?
日本は世界で最も長寿の国であり、また人口の高齢化が最も速く進行している国である。2015年には、日本人の四人に一人が65歳超となる。この事態が深刻であると指摘されているのは、老齢化が国の成長力をそぎ、社会保障の維持が困難になるからである。この問題に関して、私としては四つの面から検討する必要があると考える。それは、子供作りの奨励、社会保障制度の改革、高齢者の労働期限延長、そして移民の誘致である。結婚して子供を育てようという若い女性が減少していることの原因は多岐にわたるが、経済的、法的、そして社会的な阻害要因が殆どであり、これらを取り除くのは、社会的コンセンサスが得られればいずれも不可能ではないと思われる。社会保障は年金、介護保険、医療保険、失業保険の四つの要素から成るが、現状ではやや寛大すぎる部分もあり、合理化の余地は充分にある。一方、現在、65歳以上の人口のうち、23%しか就労していない状況を踏まえれば、高齢者にも働き易い環境作りを行うことをはじめ、高齢になっても働くことを奨励する必要がある。そして、慎重な対応を要するテーマではあるが、日本が世界でも最も移民に閉ざされた国であることを踏まえ、まずは日本が不足する分野の労働力を補填する目的で、徐々に移民に対し門戸を開いて行く必要があろう。これら多岐の施策を実行することにより、高齢化に伴い発生する問題は大幅に緩和することが可能と考えられる。


以上、7点について現状を踏まえ将来を展望してみたが、これらはいずれも日本の経済、社会そして政治に深く結びついた問題であり、楽観を許さないことは明らかである。日本経済が最悪期を脱したことは間違いないと思われるが、素早い、かつ力強い回復を期待するのは時期尚早である。今後、回復の勢いを維持できるか、そしてその間の世界的環境が如何にあるかが鍵となろう。しかしひとつ強く主張したいのは、最近の日本経済回復の兆候は、単なる循環的要因の表れではなく、経済、社会、政治の最も深いレベルからの変革の結果であるということである。この重要な変化を過小評価することなく、各分野で力強い前進が継続されることを強く期待するところである。

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