国際教育の理想と現実の狭間で
山澤逸平 (国際大学学長)
オリジナルの英文:
"Between the Ideal and Reality of International Education"
http://www.glocom.org/opinions/essays/20031120_yamazawa_between/
要 旨
せっかく本誌(注1)に執筆する機会を与えられたのだから国際大学について書きたいが、学長就任直後に寄稿を頼まれたので、自分の大学について十分把握していない。入学式等での挨拶で述べた私の国際教育に関する考えを中心にまとめ、現在直面している問題についても言及することにしたい。読者のご参考になれば幸いである。
世界各国からの学生こそ国際教育の基
日本で国際を冠した大学が全国で24あるが、国際大学はいろいろな点でユニークである。他の国際大学はいずれも所在地名を付しているが、本学は何も付けない元祖「国際大学」である。1982年の創立で、大学院のみ、入学定員も150名と最小規模で、すべて英語で専門教育を行っている。他の国際大学は、ほとんどが学部レベルの国際教養教育を主体として、入学定員が500-1000名規模である。国公立には「国際」を冠した大学はないが、10年程前から名古屋、神戸、広島、横浜国立、埼玉(現政策大学院大学)等の国立大学が、数十名規模の国際協力関連の大学院コースを併設した。他方慶応、早稲田、一橋大学がMBA(Master of Business Administration)を始めている。国際大学は国際関係学、国際開発学、MBA、Eビジネスの4つのプログラムを備えており、教育内容からはこれらの大学院に近い。しかし以下に述べるように、創設者中山素平氏の理念に基づいてユニークな国際教育の理念を持っている。
国際大学はいろいろな資産に恵まれている。上越新幹線浦佐駅に近く、魚野川に面し、八海山を背にした美しい自然に囲まれたキャンパス、現代的な設備、経験に富んだ熱心な教職員、等々。しかし何よりも国際教育の名にふさわしい国際大学の資産は、世界各国から集まってくれた学生である。
今年2003年9月(欧米方式で9月始まり)の新入生は全部で148名。その内訳は、国際関係学研究科が63名、国際経営学研究科が85名。男性が104名、女性が44名である。日本も含めて39ヶ国・地域から集まってくれた。日本が26名、日本以外の東アジア、東南アジアが71名、その他世界が51名で、広く分散している。日本に次いで中国が13名、インドネシアが12名、ベトナムが11名、インドが10名で大きなグループを構成するが、残りは2、3名から6、7名づつで、19ヶ国からはひとりだけの参加である。これに加えて1学期だけ在籍する交換留学生が24名いる。その内訳は西欧13、アジア7、米国4である。本学の同窓会名簿によれば、過去20年間の卒業生は1915名で、出身国は90ヶ国に達する。この多彩な学生のひとりひとりが自国の文化と伝統を代表して、全寮制のキャンパスで専門学習の共同生活を送る。この多様性が国際教育をする上での大きな資産だというのである。
相違を理解することから始めよ
歴史学者のハンティントンは10年前、イデオロギーの対立による冷戦は終わったが、「文明の衝突」による争いが激しくなると予見した。確かに世界の各地で宗教を異にする人たちの争い、民族を異にする人たちの争いが激化しているように見える。しかしエコノミストは、各国間の違いこそ貿易の源泉であり、それを通じて皆が豊かになると教えている。国際大学に集まった148名の学生は、国籍・文化・宗教こそ違え、ひとつの共通の目的を持っている。それはグローバル化の中でやりがいのある専門職を求めたいということであり、それが世界を物質的にも、精神的にもより豊かにすることだと期待している。
国際大学は大きな実験場である。もし39ヶ国・地域から集まった148名の学生が、それぞれ異なった文化と伝統を代表しながら、ひとつの目的に向かって協力し、切磋琢磨する。それができたら、平和で繁栄する世界への道が開けるであろう。私も国際大学の同僚もそれを全面的に支援する。それが国際教育の真の狙いであり、そのような国際教育を提供することが経済発展を達成した日本の国際的責務であると、国際大学の創設者たちは信じたのであり、現在私たちもそれを受け継いでいる。
しかし相違を乗り越えることは決して容易ではない。考え方が違い、表現方法が違うと、誤解が生まれ、相互不信となり、争いになりがちである。「諸君はまず同じ宿舎の隣人たち、同じクラスの人々と互いに理解し合うように、お互いの相違を理解するように努めてほしい」と、入学式で励ました。
語学教育にも力を
その場合に障害になるのが言葉である。国際大学での共通語は英語である。しかし多くの学生にとって英語は母国語ではなく、十分意思が伝えられないもどかしい思いをする人も少なくない。そういう学生はぜひ英語の勉強に身を入れてほしい、本学の英語教育スタッフは学生のそのような困難を理解し、それを乗り越えるよう支援する。英語は、学生ひとりひとりが国際大学を卒業し、グローバル社会で仕事をして行くためにも不可欠の手段である。
「英語の不自由がない学生はぜひ日本語を勉強してほしい」と励ました。国際大学の外ではやはり日本語でのコミュニケーションが必要になる。1、2年間日本で生活して地元の人々と交流することもなく去るのは残念であろう。そして言葉に興味を持たないと、そこで起こっていることにも関心がなくなる。今日本は大きな改革に取り組んでおり、私はぜひ学生がそれを観察し、正しく理解してほしいと思う。それでこそ国際大学で勉強したことが本当の意味での経歴になる。これがすべて英語で講義する国際大学での日本語教育の存在理由である。
国際大学では英語、日本語の学習にも単位を与える。通常、大学院では専門教育のみに単位を与え、語学学習は認めない。英米大学では当然そうであろう。しかし英語で教えれば、すべて国際教育になるわけではない。すでに述べた理由で国際教育では語学能力が重要になる故に、それに励む学生には単位として認めるのが、本学の考えである。だからと言って、専門学習が希薄になるわけではない。全寮制で、ほとんどすべての学生がキャンパスで生活して、通学やアルバイトに時間を取られることもないゆえに、朝8時から夜7時までのクラスに参加出来るし、必要取得単位数も他大学院より5割方多い。開架式の図書館は深夜まで、コンピューター室は24時間オープンしている。勉強だけに没頭できる環境も、国際大学のひとつのメリットである。
専門分野を超えた広い視野を持たせる
国際大学が提供する国際教育の専門分野は国際関係学研究科(IR)と国際経営研究科(IM)の二つである。IRは国際関係学プログラム(IRP)と国際開発学プログラム(IDP)からなり、IMは2年制のMBAと1年制(といっても夏も休まぬ4学期だが)のEビジネスプログラム(E-Biz)からなる。年次的には、まず国際関係学研究科で始まり、1988年から国際経営研究科(当初MBAのみ)を開設した。1995年からIRの中でアジアの開発途上国からの留学生を中軸にIDPが分離して、拡大してきた。IMの中でITにフォーカスしたE-Bizが始まったのは2年前からである。
IMは開設時から米国のビジネススクール並みの教育水準を維持して来ており、最近は中国やインドをはじめアジア地域からの志望が増加しており、欧米の交換留学生には人気が高い。ちなみに英Economist Intelligence Unitによるグローバル・ビジネススクール・ランキングで、国際大学のGSIMは世界82位にランクされた。ベスト100入りは日本では国際大学のみである。他方IDPはJICA、IMFやアジア開銀などの発展途上国政府・民間の人材育成支援に合わせた教育プログラムを開発して、高い評価を得ており、これら機関の奨学生が中心となっている。
国際大学創設の理念はグローバル・リーダーの養成であって、幅広い国際感覚と知識を身につけさせることを意図した。現在はIDP、MBA、E-Bizと専門教育の特徴が強まっているが、学生は自分の専攻の枠を超えて他専攻の科目を履修することができ、かつできるだけそうするように奨励している。特に日本で学ぶことを活かすために、各研究科ともアジア太平洋地域に重点を置くように導きたい。
厳しい現実の制約
以上述べたような理想的な国際教育を行うことには種々の制約があることは読者の賢察の通りである。まず合計300名の学生規模の大学院教育を私学で経営的に成り立たせることは困難であり、建学の理想に共感して下さった企業による支援に依存してきた。創立から20年では同窓会組織も未だ強力にはなりえない。
学生募集も大きな課題である。すでに紹介したように、国際大学の名は国外では通っていて、外国人留学生は着実に増加してきた。日本人学生は創立時から企業派遣が中心だったが、最近は逓減傾向にある。私費の日本人学生の受け入れを増やさなければならないのだが、大都会にある大学院のように、パートタイムの社会人学生を集めることはできない。
もっとも最近は日本国内でも、法科大学院や経営大学院等のプロフェッショナル・スクールが多く誕生しており、大学院レベル教育が広まってきた。基本的には学部教育では果たされない高等教育への社会のニーズが増大し、個人的にも教育支出を自己のキャリア形成への投資とみなす傾向が広まってきたわけであり、長期的には追い風が吹いている。しかし短期的にはこれら新設のプロフェッショナル・スクールとの間で学生募集の競争が激化している。この競争に生き残るには、高水準の国際専門教育の特徴と、理想的な環境の中での集中的・効率的教育のメリットを打ち出していかなければならない。
新任の学長は、入学式でひとりひとり紹介された世界各国からの若者たちに拍手を送りながら、全員をそれぞれの夢を実現して卒業させてやりたいと、肝に銘じたことであった。
(注1) 私大連盟機関誌『大学時報』第293号(平成15年11月号)
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