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「アジア・バロメーター」の目的、範囲、長所

猪口 孝 (東京大学教授)


オリジナルの英文:
"The AsiaBarometer : Its Aim, Its Scope, Its Strength"
http://www.glocom.org/opinions/essays/20040202_inoguchi_asia/


要 旨


1.はじめに

アジア・バロメーターは、これまでアジアで行なわれた最大の比較世論調査で、東アジア、東南アジア、南アジア、中央アジアの4地域をカバーしている。アジア・バロメーターは、価値や民主主義に関するよりも、むしろ民衆の日常生活に焦点を当てるものであり、二次的に人と家族、近隣、職場、社会的・政治的組織、および市場との関係も取り上げるという、ボトムアップの考え方に基づいている。


重要なのは、アジア・バロメーターが、1970年代後半からの民主主義の第三の波の流れに沿う他のアジアの世論調査とは異なり、アジアの民衆の日常の生活や意見や感情に対する純粋に学問的な興味から始まったことである。またアジア・バロメーターは、英語と母国語の両方を使い、自国の学者も調査に関わるなど、文化や言語の違いにもっとも注意を払っている。


2.アジア・バロメーターの意義と展望

アジアの地域的交流と相互依存関係が拡大し強化しつつあることは、アジア地域の経済発展と安定に寄与しているが、今後ともさらに地域的な発展と相互利益を促進するためには、地域の間で学問的交流を深めることが不可欠である。この点でアジアでは、共通の学問的なインフラを構築する戦略が決定的に欠如している。どのような知的インフラが有益なものであろうか。


一つのモデルとしては、EU内で行なわれている大規模な世論調査であるユーロ・バロメーターがある。私がやろうとしているアジア・バロメーターはそのアジア版といえる。しかし、一つ重要な違いがある。アジア・バロメーターはEUのような国際的な政府組織によってではなく、民間の学者によって行なわれる。これは、アジアにおける学問的な研究を飛躍的に進めることに加えて、間接的に経済的繁栄と政治的安定をもたらす上で多大の貢献をすることになるであろう。


3.質問項目設定の原則

質問項目を設定する上での原則は、以下のようにまとめられる。

原則1 ― 世論調査は人々の心中を過度に詮索するようなものであってはならない。

原則2 ― 世論調査は普通の人々があまり関与しないことに過度に焦点を当ててはならない。

原則3 ― 世論調査はいわゆる「二項対比研究デザイン」の忠実な適用により再編し検討することでその結果がもっとも明確になる。


つまり、アジア・バロメーターは、できるだけ調査対象者に優しく、文化的に配慮するよう努力し、分析者に対して国際比較などの研究のためにより広い範囲と空間を提供するものである。


4.特徴的な質問群

普通の人々の日常生活 ― 普通の人々の日常生活を記録することが調査の中心に据えられる。それなしには、社会科学者を集めて人々の規範、価値、アイデンティティ、その社会との関係を研究してもあまりうまくいかず、政治的な行動や信条の研究も単に表面的なものになってしまうというのが、普通の人々の日常生活に焦点を当てることの背景にある考え方である。


人々の生活感と評価 ― 普通の人々が自分達の日常生活をどのように感じているかは、政府の政策や役割や制度への信頼などにとって非常な重要な意味を持っている。彼らが自分達の生活水準を豊かと思うか貧しいと思うか、日常生活でどれだけ幸せに感じているか、どれだけ満足しているか、ライフスタイルは何か、毎日の心配は何か、欲求や願望は何か、欠乏感や焦燥感は何か。これらの質問は普通の人々にとっても他の人々にとっても中核的な重要性を持つ。


人々の生活と社会との関係 ― 普通の人々がより大きな社会と関係しているかというのが、政治学者や社会学者がもっとも質問したがる項目である。しかながら、例えば個人の経済的な満足を政府への支持に関係させるだけでは十分ではない。少なくとも彼らの政府に対する信頼を、個人の経済満足と政府への支持を結びつける方程式に組み入れなければならない。ここでのポイントは、いかに彼らがより大きな社会と関係しているかである。


規範、信条、価値選好、行動 ― 規範、信条、価値選考、行動は、政治学者や社会学者が好んで使う項目であり、これらを検討する上で社会調査がもっとも便利な研究手段の一つである。かくしてこれらの項目に関しては数多くの調査研究が、民主政治の分析の枠内で行なわれてきた。これらの項目は民主的社会では質問することが非常に容易ではあるが、民主的でない社会ではそれほど容易でない。政府に対する信頼について質問することは多くの国では注意深く行なう必要がある。


5.経済発展、民主化、地域統合の可能性の測定

アジア・バロメーターでは人々の心や胸の中にある多くのことを聞くので、アジアの将来を考える上でもっとも適切なものであろう。このような調査をアジア各国で毎年行なえば、アジアの経済発展、民主化、地域統合の可能性を測ることができると私は信じる。ここでは今後50年間に、アジアでそのような三つの分野での可能性がどれほどあるかを考える。


アジアの経済発展は大きな将来がある。自律的な経済発展が根付いたのは、東アジアの沿岸部、東南アジア、および南アジアの一部のみであり、その成果が及んでいるのはアジアの総人口の一割程度に過ぎない。アジアの二つの大国である中国やインドが自律的で成熟した発展過程に到達するのは相当将来のことである。


アジアの民主化もまだ相当時間がかかる。非西欧民主主義国である日本とインドを除くと、東アジアの沿岸部のような民主化の流れに乗っている地域でさえも根本的な民主化はこれからである。東および東南アジアの内陸部や南アジアと中央アジアの大部分は民主化が起こるまでにまだまだ時間がかかる。


地域統合の可能性について調査で把握することはかなり難しい。アイデンティティに関する質問について、例えば東アジア人としてのアイデンティティといった一部の地域的な質問項目を含めるならば、そのような可能性についてより正確な把握ができるようになるであろう。


6.附記

2003年5月6日〜7日にアジア・バロメーターについてのシンポジウムを開催した後、2003年の夏にアジアの10ヶ国において最初のアジア・バロメーターの調査を行なった。その10ヶ国とは、日本、韓国、中国、ウズベキスタン、インド、スリランカ、タイ、マレーシア、ベトナムおよびミャンマーである。この最初の調査に基づいたアジア・バロメーター・シンポジウム・コンファレンスが2004年1月20日〜21日に開催された。この会議の結果は、国際大学GLOCOM情報発信プラットフォームにも間もなく掲載される予定である。

(抄訳:宮尾尊弘)

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