ブッシュ政権下、米国では不思議な現象が起こりつつある。増大しつつある財政と国際収支の赤字、そして歪んだ所得配分が、米国をアルゼンチンやメキシコと同じような状況に陥れつつある。「雇用なき景気回復」は政治的幻想では無く、深刻な問題である。今年、米国は4.0%程度の経済成長が期待される。しかし、巨額のボーナス、水増しされた給料、そしてお手盛りのストック・オプションに酔っているのは、ウォール街で「マネーゲーム」に携わっている連中や、米国大企業の経営者という特権階級だけである。その他多くの真面目に働いている米国人たちにとって、GDPは腹の足しにはならない。米国の所得格差は、僅かな富者と多くの貧者との間で拡大しつつある。
前回の景気回復期である1991年3月から1993年4月までの間、GDPの10%成長は、製造業で3.0%、サービス業で5.9%の雇用増をもたらした。しかし2001年11月から始まった今回の回復過程では、10%の成長が、製造業で0.7%、サービス業で0.9%と、極めて僅かな増加しかもたらしていない。米国では、単に人口の増加を吸収するだけでも、月間23万の雇用を増やされなければならない。そして、もしブッシュ政権が、その発足以来失業した3百万人にも新たに仕事を与えようとするのであれば、現在よりはるかに速いペースで雇用の増加を図らなければならない。にもかかわらず、先月米国では11万5千の雇用の増加が見られたのみである。ブッシュ大統領は、当初表明した「2004年秋までに260万の雇用増加」という公約を事実上破棄してしまった。
今年1月の失業率は5.6%と、前月比0.1%低下したのみであった。ブッシュ大統領は、これを「四ヶ月連続の失業率減少」と自賛した。しかし実際に起きたのは、既に失業していた人達の多くが仕事を探すのを諦めたため、統計上、これらの人々が「失業者」から外れたことによる結果であった。米国には今、本採用を希望しながら仕事が見つからない5百万人のパートタイマーが居る。その上、本採用とは言ってもそれ以前の職より低い給料しか貰っていない人たちが8百万人も居る。「雇用なき景気回復」と所得格差の拡大は、高給を伴う製造及びサービス雇用の海外移転によって更に悪化している。そしてこの海外移転はブッシュ政権による誤った減税政策によって加速されている。
30年前、ハーバード・ビジネススクールで、ジョージ・ブッシュ現大統領は私が教えるクラスの学生であった。今でも彼のことは良く憶えている。そのクラスで彼は「貧しい人は怠惰であるから貧しいのだ」と主張した。彼は、労働組合、社会保障、環境保護、医療保険、そして公立学校制度に反対だった。彼には、独占を見張るための連邦取引委員会や証券取引審議会などは、「自由な市場競争」にとって無用な障害に見えた。先日、ブッシュ大統領により連邦控訴裁判所判事に指名された、加州最高裁のブラウン判事は、上院聴聞会において、この内容通りの証言を行った。彼女は、そのような意見がブッシュ大統領や側近のカール・ローブを喜ばすことを知っていたからである。ブッシュ大統領と彼の参謀と言われるカール・ローブは、ルーズベルト大統領のニュー・ディール政策以来、民主党と共和党穏健派が共に営々と構築してきた民主的な政治・社会・司法・そして経済体制を全て破壊するという急進的な革命を先導しつつある。
昨年6月、著名な批評家.ビル・モイヤーズは「カール・ローブはブッシュ政権のモデルを1897年から1901年のマッキンレー政権に求め、彼自身についてはそのマッキンレーを当時操ったマーク・ハンナに準えている。マーク・ハンナは、連邦政府が、大企業と鉄道会社と公益企業によって支配されるのを良しとしていた」と語った。ブッシュ大統領の減税は、その恩恵のうちの93%を、大企業と、年収25万ドル以上の裕福な世帯(全米世帯の約10%)に還元するものであった。更に、ブッシュ減税政策では、配当収入やキャピタル・ゲインといった資産を基礎とする収入に対する課税を廃止しようとしている。大統領は、経営者という特権階級によるお手盛りのストック・オプション(それは給料と本質的に同じものであるにもかかわらず)に課税することに反対しており、会社がストック・オプションの供与を人件費として処理することにも反対している。お手盛りのストック・オプションの蔓延は、結果的に、企業が、国内での製造と供給を止め、労働コストが低い中国等からの輸入にシフトすることを推進している。その上さらに遺産税も廃止されようとしている。これらの施策は何れも、「中間が膨らんだ花瓶型」の従来の米国の収入配分から、「下部が大きい砂時計型」への変化を促している。
そしてこの「下部が大きい砂時計型」の収入配分こそ、米国がマッキンレー政権下の「金メッキ時代」に作り上げられた構造であった。当時、米国には「独創的な会計手法」や、エンロンやワールドコムで見られたような企業の悪事を見張る証券取引審議会は存在しなかった。貧弱な公立学校制度や医療保険しか無かった。最低賃金も労働基準も定められてはいなかった。連邦と州の政府と裁判所は、社会の「不公正」に抗議する労働団体や市民グループを敵視していた。自然環境は鉄道や鉱業や林業、そして新興産業であった石油・ガス会社によって破壊された。妊娠中絶は違法であった。女性には選挙権さえも無かった。南部では、キリスト教原理主義者が、公立学校でダーウィンの進化論を教えるのを阻止すべく圧力を加えていた。マッキンレー大統領の「金メッキ時代」に、米国の民主主義は退化した。そして米国は帝国主義に則った拡大政策に着手し、キューバ、パナマ、そしてフィリピンを植民地として従えていったのであった。