以前の論文(www.glocom.org/opinions/essays/20040202_inoguchi_asia/)で説明したように、アジア・バロメーター世論調査はアジアの一般大衆の日常の生活感情や社会意識に焦点をあてるもので、ここでアジアとは東、東南、南および中央アジアを含む地域を意味する。このプロジェクトには3つの狙いがある。(1)一般大衆の見方や活動についての実証的データを生み出すこと、(2)社会科学の研究インフラを構築すること、および(3)アジアにおける研究者のコミュニティを作ることである。さらに、民主主義、社会経済発展および地域統合についてアジアの長期トレンドを予測することもアジア・バロメーターの目的である。
2003年版のアジア・バロメーターから得たデータを分析し終わったが、その中には「社会資本」の概念、つまり人々の他人や社会組織に対する信頼や確信などを意味する概念が含まれている。この概念は非常に重要な政治文化的要因であり、以下の3つの方法で検証することができる。(1)体制支持の程度、つまり大衆の政府、政党、マスコミ、警察などに対する信頼の程度、(2)共同体意識の程度、つまり大衆の自分たち自身や共同作業に対する信頼の程度、および(3)解放意識の程度、つまり女性解放や差別一般への反対運動や環境問題などへの関心の程度。
社会資本に関する質問
社会資本に関する質問としては例えば以下のようなものがある。
問9 人は一般に信頼できるものとあなたは思いますか。
問10 人は一般に他人を助けようとしていると思いますか。
問11 あなたは道に迷っている人をみたとき、助けようとしますか。
問12 あなたは子孫がいないときに、家を継承するためにたとえ血縁関係がなくても誰かを養子にするのが望ましいと思いますか。
問13 あなたは会社の社長として、あなたの親戚が仮に入社試験が一番に近い二番目の成績をとった場合、その親戚かそれとも一番の人かどちらを採用しますか。
問14 もしあなたの家族の主な稼ぎ手が働けなくなった場合、あなたの家計をどうようにやりくりしていきますか。
問18 あなたの国では全体として男女が平等に扱われていると思いますか。
問26 もし役所に何らかの許可書を申請した際の答えが、「とにかく返事があるまでまっているように」といわれた場合にあなたはどうしますか。
これらの問いに対する答えを解釈するために、アジアにおける社会資本の3つの次元に注目した。(1)人間に対する一般的信頼の次元、(2)能力主義に対する信頼の次元、および(3)社会システムに対する信頼の次元。
3つの次元における位置付け
以下が分析結果の一例である。まず第1に、人間に対する一般的信頼という面では、中国、ベトナム、韓国がかなり高い位置にある一方で、スリランカ、マレーシア、タイ、ウズベキスタンはかなり低く、日本はこの点では比較的高い位置にある。第2に、能力主義に対しての信頼度では、インド、スリランカ、ウズベキスタン、ミャンマーが非常に高く、中国、韓国、タイは比較的低く、日本はこの点で最低の位置を占めている。第3の社会システムに対する信頼では、中国、ベトナム、インド、マレーシア、ミャンマーが非常に高いのに対して、日本は最低の位置にある。
これらの3つの次元で調査対象の10カ国を調べた結果、これらの国の位置に影響する以下のような重要な要因を指摘することができる。(1)儒教的伝統が日本と韓国に影響を与え、中国にも部分的に影響している。(2)英語が使われる元英国の植民地であったインド、スリランカ、マレーシア、ミャンマーなどは類似の反応を示す傾向がある。(3)中国やベトナムなどの共産国は独特にパターンを示している。
3つの次元での各国の位置に関して、階層クラスター分析や差別関数を使うと、以下のようなことが示される。(1)中国とベトナムはお互いに非常に近い。(2)スリランカとウズベキスタンは非常に近い。(3)マレーシア、ミャンマー、インドは非常に似ている。(4)日本と韓国はお互いに非常に近い。(5)タイは日本や韓国に一部似ているところがある。つまり、アジア・バロメーターの研究によって、これら5つのグループ分けをすることができるのである。
長期的な変化の測定
以上のようにデータ分析を行なったが、さらにアジアの社会の長期的な変化を理解するように努めている。そのためには少なくとも以下の3つの指標を見ることが必要である。(1)アジアの民主化がどれだけ進んだかを測る「民主主義の指標」、(2)アジアの経済発展がどの方向にどれだけ早く進んでいるかを示す「発展の指標」、および(3)グローバル化のもとで社会がどれだけ孤立しているか地域に統合されているかを示す「相互依存・統合指標」。
この点で、「社会資本」はアジアの民主化、発展、地域統合の見通しを測る上で有用な概念であるといえる。 アジア・バロメーターはそのための経験的なデータを定期的に生み出す素晴らしく豊富で有益な実験なのである。
(2004年1月21日に東京大学山上会館で開催されたアジア・バロメーター・公開シンポジウムにおける猪口教授のプレゼンの要旨)